医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。最近はyoutubeも

地図なしで航海する:教育訓練を受けていない医学教育者の教育的視点の解明

Navigating Without a Map: Unpacking Pedagogical Viewpoints of Health Sciences Educators Without Educational Training.

Hervas, G., Medina, J.L.

Med.Sci.Educ. (2025). https://doi.org/10.1007/s40670-025-02528-z

link.springer.com

研究の背景

医療系大学の教員にとって、教育者としての役割は最も認知度が低く、研究や臨床業務に比べて周辺的な位置づけにある。教育に力を入れる教員は、信頼性や地位、収入の面で不利になる可能性さえあると報告されている。このため、医療教育者は自身を教育者というよりも臨床家や研究者と捉える傾向がある。

教育開発プログラムは医療教育者の教育観を改善することが示されているが、多くの国や機関では教育トレーニングが義務化されていない。結果として、重要な教育的役割を担う医療教育者であっても、教育理論や教育戦略、評価方法についてほとんどトレーニングを受けていないケースが多い。

研究方法

本研究では、スペインのバルセロナ大学医学・健康科学部で、医学、看護学、足病学の9名の教員を対象に質的現象学ケーススタディが実施された。参加者は教育実践の観察と議論に協力し、その議論の録音が主要なデータソースとなった。

研究チームは5時間以上に及ぶ議論を文字起こしし、教育方法や教員・学生の役割に関する参加者の認識を帰納的に分析した。

主な発見

1. 教員の役割認識

理論を超えた教育の提供

教員たちは、教科書に載っている理論的説明を超えて、臨床経験や実践的知識を学生に提供できると考えていた。「筋肉がどこからどこまで走っているかを説明する必要はない。それは暗記すべきものだ」という発言に象徴されるように、理論よりも実践的経験を重視する傾向が見られた。

限定的な動機づけ責任

学生を動機づけることは自身の役割の一部であると認識しながらも、過度に学生の動機づけに時間を費やすことには消極的だった。「教育の専門家は、学生に注目させるために机の上で踊り始めなければならないと示唆している」といった発言には、教育学的アプローチへの抵抗感が表れている。

成績に対する限定的責任

教員たちは学生の不合格に対して責任を感じるものの、それは「異常な」不合格率の場合に限られていた。「80人中10〜15人が不合格なら、それは正常だ」という認識や、「70%の学生がついてきていれば、それ以上に満足だ」という発言からは、学習ではなく成績を基準とした責任観が読み取れる。

2. 学生の役割認識

学習よりも成績重視への批判

教員たちは、学生が学習よりも成績に関心を持っていると批判的に捉えていた。「誇りに思うべきは内容をよく知っていることであり、成績は別問題だ」という発言がこの認識を示している。

学習責任の外部化

学生が自身の学習に対する責任を十分に果たしていないという認識が中心的なテーマだった。「彼らは読んでいないということか?また同じことだ。彼らがすべきことをしていないと想定しなければならない」という発言に、この問題意識が表れている。

3. 教育方法への認識

参加型戦略の価値認識と実践のギャップ

教員たちは伝統的な講義以外の参加型教育戦略の価値を認識していたが、同時にそれらの戦略も講義と同じ目的を持つと捉えていた。「このタイプの授業(反転授業)が終われば、学生は通常の講義と同じことを習得する」という発言がこの認識を示している。

実施困難の外部化

より参加型の教育戦略への移行が困難である理由として、学生や年配の教員など外的要因を挙げる傾向があった。自身の教育スキルや理解の不足を内省的に検討することは少なかった。

研究の示唆

この研究は、正式な教育トレーニングを受けていない医療教育者が、教育文献と一致する考えを独自に形成できる一方で、その理解が表面的であり、教師中心的で、教育学的なニュアンスを見落とし、困難を外部化し、認識されていない矛盾を含むことを明らかにしている。

特に懸念されるのは、これらの教育者が課題を外部化し、自身の認識の矛盾に気づいていないという点である。これは専門的な教育者としては非典型的な特徴と言える。

結論と提言

経験の蓄積が正式なトレーニングの不足を補える場合もあるが、それが例外ではなく常態となることは問題である。特に医療専門職の学習プロセス、ひいては患者や社会全体に影響を及ぼす可能性があるため、その問題性は深刻である。

本研究の知見は、教育実践における省察の重要性を強調し、医療教育における教育実践とトレーニングにより大きな価値と中心性を与える必要性を示している。医療教育の質を向上させるためには、正式な教育開発プログラムの整備と、教育者としてのアイデンティティ形成の支援が不可欠であると言えるだろう。

医療教育者が単なる臨床家や研究者ではなく、真の意味での「教育者」として成長していくためには、体系的な教育トレーニングの機会提供と、教育実践を継続的に省察する文化の醸成が求められている。