医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。

臨床指導における臨床教員の知識・態度・パフォーマンスの向上:プロクターモデルを用いた職場ベースのFDプログラム

Enhancing clinical faculties’ knowledge, attitudes, and performance in clinical supervision: a workplace-based faculty development program using proctor’s model.

Minouei, M.S., Omid, A., Yamani, N. et al. 

BMC Med Educ 25, 529 (2025). https://doi.org/10.1186/s12909-025-06769-9

bmcmededuc.biomedcentral.com

研究の背景と目的

医学教育における臨床指導は、学習者に対する効果的な指導とフィードバックを対面で専門的に提供するプロセスです。これは以下の点で重要です:

  • 学習者の能力向上を可能にする
  • 理論的知識と実践応用の橋渡しをする
  • 学生を初心者から熟練した実践者へと変える
  • 患者安全を確保し、ケアの質を最適化する

しかし、イランを含む多くの医学教育環境では、臨床指導の役割が軽視されており、教員は教育と臨床の両方の責任のバランスに苦労しています。多くの教員は臨床指導に必要な知識とスキルを欠いているため、指導の質にばらつきが生じています。

本研究は、プロクターモデルに基づいた教員育成プログラムと職場ベースの学習が、小児科教員の臨床指導に関する知識、態度、パフォーマンスに与える影響を調査することを目的としています。

プロクターモデルの詳細

プロクターモデルは臨床指導の責任を3つの機能に分類します:

  1. 形成的機能(Formative):
    • 学習者の学習とスキル開発を強化するためのフィードバックと形成的評価
    • 具体的な臨床スキルや診断スキルの教授
    • 省察的実践のための指導
  2. 支援的機能(Restorative):
    • 臨床業務における課題に直面する学習者へのサポートと指導
    • 学習者が困難を克服し、自信を構築し、専門的成長を促進するための支援
    • 学習環境の刺激と活性化
  3. 規範的機能(Normative):
    • 臨床実践における学習者のパフォーマンスに関する基準と期待の確立
    • 学生の専門的行動と意思決定プロセスを導くための規範、指針、倫理原則の設定
    • 規律の維持と教育・医療・病院の規則の遵守確保

研究方法

指導設計(ASSURE モデル)

  1. 学習者特性の分析: 参加する教員の人口統計学的特性、知識レベル、態度、能力を評価
  2. 目標の設定: 医学教育の専門家と協議して、プロクターモデルの各機能に基づく学習目標を設定
  3. メディアと教材の選択: 講義、ディスカッション、シミュレーション、職場ベースの学習など多様な教授法を採用
  4. メディアと教材の活用: オンライン学習環境、コンテンツ配信、実践的トレーニングの準備
  5. 学習者参加の要求: Q&A、シナリオ分析、討論、職場での実践を通じて教員を教育プロセスに関与させる
  6. 評価と改訂: 教員の知識と態度を評価する自己報告式質問票と、実際の職場での臨床指導実施状況を評価する観察チェックリストを開発

調査ツール

  1. 知識・態度自己報告質問票:
    • 10の知識に関する質問(1〜10の尺度)
    • 24の態度に関する質問(5段階リッカート尺度)
      • 支援的機能:5項目
      • 規範的機能:9項目
      • 形成的機能:10項目
  2. 直接観察パフォーマンスチェックリスト:
    • 26項目(支援的機能6項目、規範的機能7項目、形成的機能13項目)
    • 3点リッカート尺度(はい、いいえ、該当なし)

介入実施

A. オンライントレーニング(3日間、計9時間)

第1日目(2.5時間)

  • 内容:
    • 目的の説明
    • 知識と態度に関する自己報告質問票へのリンク提供
    • 臨床指導の概念と定義
    • 効果的な観察の基本
  • 教育戦略:
    • 講義
    • 質疑応答
    • シナリオ
    • 映画視聴

第2日目(2.5時間)

  • 内容:
    • 効果的な観察のトピックの継続
    • フィードバック技法
    • チームワーク
  • 教育戦略:
    • 講義
    • 質疑応答
    • シナリオ
    • 映画視聴

第3日目(4時間)

  • 内容:
    • 省察(リフレクション)
    • 知識と態度に関する自己報告質問票へのリンク提供(事後評価)
    • ワークショップのまとめ
  • 教育戦略:
    • 講義
    • 質疑応答
    • シナリオ
    • アニメーション視聴
    • ディスカッション

B. 職場での学習(1ヶ月間:2022年12月23日〜2023年1月23日)

  • 内容:
    • 教員による臨床指導の実施
    • ワークショップで提供されたコンテンツの臨床指導への応用
    • 研究者の臨床ラウンドへの同席
    • 臨床指導実施に関する教員の質問への回答
    • ラウンド終了時と月末にフィードバックの提供
    • 教員のパフォーマンスに関する直接観察チェックリストの実施
  • 教育戦略:
    • 講義
    • 質疑応答
    • 教員の要望に合わせたトレーニング資料の提供

C. 観察と評価プロセス

  1. 観察者トレーニン:
    • 地区看護スーパーバイザーと協議して選ばれた2名の看護師(看護学修士号保持者)
    • 臨床指導、フィードバック、省察、観察チェックリストの使用に関する2時間のトレーニングセッション
    • 3回の臨床ラウンドでのパイロットテストによるトレーニング理解とチェックリストの信頼性の検証
  2. 観察スケジュールの作成:
    • 小児科インターンシップレーニングコーディネーターの関与による抽選システムを使用
    • 各教員の臨床ラウンドを少なくとも1日観察
  3. 観察の実施:
    • 観察者は臨床検査や処置を妨げないよう位置取り
    • 臨床指導プロセスが自然に行われるよう、教員への説明なしに観察を実施
    • 観察中にチェックリストを記入
    • 臨床ローテーション終了時に、臨床指導モデル実施の強みと弱みに関するフィードバックを教員に提供
    • プロクターモデルの手続き的側面に関する教員からの質問に回答
    • 仮想グループでの質問受付と医学教育専門家からの回答提供
  4. データ確認:
    • 臨床ラウンド終了後10分以内に観察者がチェックリストを確認
    • 不完全な項目を補完

結果

参加者プロフィール

  • 20名の教員(男性50%)
  • 小児科専門医5名、指導医14名、フェロー1名
  • 平均教育経験:12.5年(1年〜28年の範囲)

知識に関する結果

  • 全体的知識スコアが有意に向上(前: 5.55±2.31、後: 8.25±1.53、p<0.001)
  • 効果量(Cohen's d)= 1.046(大きな効果)
  • 項目別の最高スコア(事後): 「フィードバックの原則」(8.70±1.45)
  • 項目別の最低スコア(事後): 「パフォーマンス省察のステップ」(7.95±1.85)

態度に関する結果

  • 形成的機能に対する態度が有意に向上(前: 4.14±0.60、後: 4.46±0.45、p=0.005)
  • 総合的な態度スコアも有意に向上(前: 4.07±0.52、後: 4.28±0.43、p=0.03)
  • 規範的機能と支援的機能に対する態度も向上したが、統計的に有意ではなかった
  • 効果量:形成的機能(d=0.708、大)、総合的態度(d=0.541、中)、規範的機能(d=0.347、中)、支援的機能(d=0.121、小)

パフォーマンスに関する結果

  • 教員の90.63%が臨床指導においてプロクターモデルの構成要素を適切に適用
  • 機能別実施率:
    • 形成的機能:93.85%(最高)
    • 支援的機能:87.77%
    • 規範的機能:87.11%(最低)
  • 最も高い実施率を示した行動(100%):
    • 利用可能性
    • ニーズに合わせた指導
    • 責任の委譲
    • 質問の実施
    • 質問の機会提供
    • 敬意ある行動
    • 臨床・診断スキルの教授
    • フィードバックの提供
  • 最も低い実施率を示した行動:
    • 実践的スキルを教えるための他の職種の活用(56.6%)

考察と意義

  1. 教員の知識と態度の向上:
    • 理論的知識と実践的経験を組み合わせた教員育成プログラムの有効性が示された
    • 特に形成的機能(教育的側面)において最も顕著な改善が見られた
  2. 実践への影響:
    • 職場ベースの学習と組み合わせることで、実際の臨床指導パフォーマンスにおいて90%以上の適用率を達成
    • 職場での実際の経験が、学んだ知識を臨床指導の実践に統合する上で重要な役割を果たしている
  3. 機能間の違い:
    • 形成的機能(教育的側面)が最も改善した一方、支援的機能(情緒的側面)の改善が限定的だった理由として、以下が考えられる:
      • プログラムの短期間(支援的機能の態度変化には長期間が必要)
      • 外部要因(患者過剰、環境、組織方針、教育者の業務負担)
      • 小児科における特有の感情的ストレス(入院児童と親の心理的負担)
  4. 教育的意義:
    • 構造化された教員育成プログラムが、臨床指導における教員の知識、態度、能力向上に効果的
    • 理論的知識と職場での実践経験の統合が、最も効果的な学習をもたらす
    • 教員の専門的環境におけるサポートが、彼らのコミットメントと動機付けを高める

限界と今後の研究への提案

  1. 限界:
    • 参加者の業務負担
    • 自己報告データへの依存
    • 研究期間中の大気汚染とウイルス疾患の流行
    • 教員の再配置
  2. 推奨事項:
    • より長期のコース設計
    • 対面形式と最小限の仮想セッションの組み合わせ
    • 学年全体にわたる定期的なプログラム提供
    • 他の医療分野への同様のプログラムの実装
    • 指導者と学生の両方のパフォーマンスへのプログラム影響評価のための直接/間接観察の使用