医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。

勝つために支払う? 医学生の有料商用教育リソースの利用とアクセスを探る

Pay to win? Exploring medical students’ use of, and access to, paid commercial educational resources

Vernon, M., Hawwash, N., Haque, E. et al. 

BMC Med Educ 25, 738 (2025). https://doi.org/10.1186/s12909-025-07233-4

bmcmededuc.biomedcentral.com

研究の背景

教育理論的背景

この研究は自己決定理論に基づいており、学習動機を以下の2つに分類しています:

  • 内発的動機:純粋な興味や楽しみから生まれる最高レベルの自己調整
  • 外発的動機:金銭的報酬や称賛などの特定の成果を求める動機

医学教育では本来、内発的動機を育むようにカリキュラムが設計されていますが、実際には隠れたカリキュラム効果により外発的動機が支配的になっています。

英国医学教育の特殊事情

  • **医師免許評価試験(MLA)**の導入により、有料復習プラットフォームの需要が急増
  • 高度に競争的な就職市場において、学年順位、賞、学位分類が採用に重要な役割
  • **拡大参加(Widening Participation, WP)**政策:従来十分に代表されていない背景(社会経済的地位、民族性、性別、年齢、障害)を持つ学生の医学部入学と成功を促進

調査方法

医学部調査

  • 対象:英国43の医学部の評価責任者
  • 方法:Qualtrics®を使用した電子調査
  • 質問内容
    • 有料商業復習プラットフォームに関する学生向け指導の提供有無
    • 学生がこれらのリソースにアクセスするための資金提供の有無
  • 倫理審査:大学研究倫理チームが正式な倫理審査を免除と判定

学生調査

  • 対象:英国最大の医学部の3年生・4年生全915名
  • 方法:Qualtrics®電子調査、医学生社会のSNSページで募集
  • 詳細な質問項目
    • 年間支出額
    • 使用頻度
    • 試験成績への認識される影響
    • 実装に対する見解と態度
    • 中等学校での給食費免除の受給歴(経済的困窮の指標)
  • 倫理審査:正式な倫理委員会の審査を受け承認

結果分析

医学部の対応状況

指導提供の内容

  • 医学部や学生教育団体提供の復習教材の優先使用を推奨
  • 有料リソースは任意であり、コース成功に必要ではないと強調
  • 特定の有料リソースを推奨できないとして、無料の学習リソースを案内
  • 品質保証への懸念
    • 教材の臨床的正確性
    • 定期的な更新の有無
    • 機関の学習目標や評価方法との適切な整合性

資金提供の詳細

  • 回答した25校中7校(28%)が資金提供
  • うち6校が学校が中央選定・資金提供するプラットフォームのライセンスを提供

学生の使用実態

人口統計学的特徴

  • 回答者99名(回答率10.8%)
  • 3年生36%、4年生64%
  • 男性42.4%、女性57.6%
  • WP学生12.1%(年間コホート比較で22%より低い代表性)
  • 給食費免除受給者10.1%
  • 奨学金受給者25.3%

使用パターンの詳細

  • 95%が今後の総括的評価の復習で有料商業リソースを大学提供リソースより選好
  • 使用頻度分布:
    • 未使用:4%
    • 週7日使用する学生も存在
    • WPと非WP学生で類似の使用パターン

支出パターン

  • 年間20-40ポンド:47%
  • 年間100ポンド以上:6%
  • WPと非WP学生で類似の支出パターン

経済的状況

  • 全体の65%が何らかの経済的懸念
  • WP学生:83%が経済的懸念
  • 非WP学生:62%が経済的懸念

質的分析

テーマ1:成功に不可欠と認識

学生の具体的コメント

  • 「進級のために完全に必要」(非WP、3年生)
  • 「復習の重要な部分」(非WP、4年生)
  • 「有料オンラインリソースは医学部で必需品となり、これらなしでは次の評価で『満足』を達成することさえできないと真に思う」(非WP、3年生)

主要な利点

  • 大量の練習問題データベースへの迅速で簡単なアクセス
  • 実際の試験内容を代表すると感じられる内容
  • 関連性があり最新のコンテンツ
  • 幅と深さの両方をカバー
  • 反復的な意図的練習の機会
  • 正答率向上による満足感と自信向上

テーマ2:利用が標準化

文化的規範化の証拠

  • 「私が知っているほとんどの人が少なくとも1つの有料リソースに登録している」(非WP、3年生)
  • 「みんな使っている」(非WP、4年生)
  • 先輩学生や新卒医師からの標準的推奨
  • 「上級生/医師は常に試験で良い成績を取るために[特定の有料プラットフォーム]の使用を標準として推奨する」(非WP、4年生)

効率性の認識

  • アルバイトなど他の責任を持つ学生にとって効率的な学習方法
  • 「本当に時間を効率的に使う方法で、特にアルバイトをしているので」(WP、4年生)

テーマ3:学生間の格差創出

疎外感と心理的影響

  • 「学生が有料リソースの使用について何気なく話すのは、私がそれらを afford できない時に本当に疎外感を感じる」(WP、4年生)
  • 「問題集は復習に有益なツールだと思うが、それらにお金を払わなければならないことに憤りを感じる」(非WP、4年生)

不公平な学術的優位性への懸念

  • 「維持費に加えてリソースに追加でお金を払うのは圧倒的で、特に恵まれない背景の学生にとって。より恵まれた同級生が[試験]で優位に立てることは失望的」(WP、4年生)

制度的支援への要求

  • 「医学部がこれに対して奨学金/手当を提供してくれれば良い。すべての学生は異なって学ぶから」(非WP、4年生)
  • 「医学部は学生にこれらのリソースを提供する必要がある。彼らのリソースは現代世界と試験における競争の激化に追いついていない」(WP、4年生)

考察

評価駆動学習行動

  • 医学生は外的報酬によってますます動機づけられる現象
  • 評価が学習を導く強力な役割
  • 同級生間の競争を促進する隠れたカリキュラムの影響
  • 高成績学生が他の高成績学生とより社会的につながりやすい傾向

心理的影響

  • 学生の自信レベルへの重要な影響
  • 米国の研究:準備ができていると感じる学生の方が良い成績
  • しかし、商業リソース購入者の試験成績向上は統計的に有意でない
  • 教授法講義や同級生同士の教育の方が実質的な利益

品質保証の懸念

  • 商業リソースは認定学部プログラムと同じ厳格な品質保証プロセスを受けていない
  • 最適でない、または不正確な臨床実践を無意識に促進するリスク
  • 正式なカリキュラム目標との完全な整合性がない可能性
  • すでに評価関連不安に苦しむ学習者の混乱を招く可能性

研究の限界

サンプルサイズと代表性

  • 回答率10%は全医学生人口を完全に代表しない可能性
  • WP学生の割合(12.1%)が年間コホート人口統計(約22%)と比較して過少代表
  • 単一の英国医学部での実施による一般化可能性の制限

方法論的限界

  • 正式なパイロット/think-aloudプロトコルによる調査の検証なし
  • 質的コンポーネントが単一の自由記述質問に依存
  • 調査終了時の質問配置による参加者疲労の可能性
  • 小サンプルサイズによる群間推論統計比較の防止
  • 人口統計群間の支出の詳細データ不足

参加バイアス

  • 自発的参加による関与と回答の多様性への潜在的影響
  • 経済的インセンティブを避けることによるバイアス最小化の試み

具体的推奨事項

医学部レベル

  1. 批判的評価スキルの開発
    • 商業リソースの内容を批判的に評価する能力の育成
    • 品質保証、臨床的正確性、正式カリキュラムとの整合性への対処
  2. 資金支援戦略
    • 特にWP学生への資金アクセス提供
    • 中央選定・資金提供システムの実装
    • 年間奨学金制度の継続
  3. 指導とサポート
    • 利用可能な商業プラットフォームのナビゲート、選択、評価支援
    • 潜在的利益と落とし穴の明確な指導

研究レベル

  1. 縦断的研究
    • 学部・大学院医学訓練全体での有料リソースの長期効果評価
    • 多機関研究による全国的な財政課題の包括的洞察
  2. 質的深化研究
    • 同級生圧力と隠れたカリキュラムの影響探索
    • 深層インタビューによる貴重な視点提供
  3. 効果測定研究
    • 商業リソースの実際の学術成果への影響測定
    • 自信向上と実際の成績向上の区別

社会的含意

この研究は、医学教育における社会経済的格差の拡大という重要な社会問題を浮き彫りにしています。有料教育リソースの普及は、既に高額な医学教育において追加的な経済負担を生み出し、教育機会の平等性を脅かしています。

特に、医学という職業の社会的重要性を考えると、将来の医師の選抜や育成過程における格差は、最終的に医療サービスの質と多様性に影響を与える可能性があります。この問題への対処は、単なる教育政策の問題を超えて、社会全体の健康と福祉に関わる重要な課題といえるでしょう。