医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。

イェール大学医学部の健康科学医学教育修士プログラムが卒業生のキャリアアップと学術的生産性に与える影響

Mastering the Masters: The Impact of Yale School of Medicine’s Master of Health Science Medical Education Program on Alumni’s Career Advancement and Academic Productivity.

Carr, F., Hafler, J.P. 

Med.Sci.Educ. (2025). https://doi.org/10.1007/s40670-025-02375-y

link.springer.com

研究背景の詳細

医学教育の課題

  • 医療専門家の臨床研修では医学教育のリーダーシップ、研究、教育スキルを教えない
  • 医学教育者としてのキャリアを追求する医療専門家は、MPHEプログラムに参加してスキルギャップを埋める

MPHEプログラムの現状

  • 1967年に最初のプログラムが設立されて以来増加
  • 2022年5月時点で米国に36のMPHEまたは同等のプログラムが存在
  • プログラムの期間、コース内容、形態は様々だが、共通して教育スキル、リーダーシップ、学術研究に焦点を当てている

イェール大学のMHS Med Edプログラムの詳細

プログラムの基盤理論

  1. 自己決定理論
    • 自律性、有能性、社会的統合の基本的ニーズに影響を受ける生涯学習
    • 自己決定、自己調整、反省的学習が統合された成人学習プログラム
  2. 構成主義理論
    • 学習者が自身の知識と経験を活用して主体的に理解を構築
    • 能動的な学習プロセスを強調

カリキュラム構成

  1. 必須コンポーネント
    • 研究論文の完成
    • コアカリキュラム(教育理論と実践、カリキュラム開発と評価、教育、評価、研究デザイン)
    • イェール大学の任意のコースから選択可能な選択科目
  2. 実践的経験
    • プレゼンテーションスキルの練習
    • 教育実践
    • フィードバック提供の練習
  3. 特徴的な活動
    • 研究進捗セッション:2年間で4回、研究を発表し専門家からフィードバックを受ける
    • 個別学習計画の作成(プログラムディレクターと相談)

研究方法

調査設計

  • 混合研究法:半構造化インタビュー+CV分析
  • データ収集:2024年前半に実施(研究論文出版時期からの推測)

参加者サンプル

インタビュー参加者(n=13)

  • フェロー:3名
  • インストラクター:4名
  • 助教授:4名
  • 准教授:2名

CV分析参加者(n=10)

  • 2018-2020年卒業生のみ(卒業後2年以上のデータ確保のため)
  • フェロー:3名、インストラクター:3名、助教授:2名、准教授:2名

データ収集方法

インタビュー

  • 30-45分のZoomインタビュー
  • 2名の大学院生インタビュアーが実施(バイアス防止のためプログラム非関係者)
  • プログラム目標(研究プロジェクトの設計・実施・発表、教育経験の獲得、医学教育リーダーとしての能力開発)に焦点

CV分析

  • MorzinskiとSchubotの手法を適用
  • 手作業で各CVを分析
  • 3つの期間:参加前2年間、参加中、卒業後2年間
  • 同一役職が複数期間にわたる場合は各期間にカウント

研究結果

CV分析の統計結果

学術生産性

  • 第一著者論文(A1):参加前 vs 参加中(p=0.028)
  • 共著論文(A2):参加前 vs 参加中(p=0.041)、参加前 vs 卒業後(p=0.012)
  • 総論文数(A Total):参加前 vs 参加中(p=0.005)、参加前 vs 卒業後(p=0.008)
  • ワークショップ開発(C2):参加前 vs 参加中(p=0.041)

キャリア進展

  • 学術的昇進(D1):参加前 vs 参加中(p=0.020)、参加前 vs 卒業後(p=0.039)
  • プログラムディレクター役職(D4):参加前 vs 卒業後(p=0.047)
  • 総学術役職(D Total):参加前 vs 参加中(p=0.024)、参加前 vs 卒業後(p=0.017)

その他の成果

  • 招待講演(G):参加中 vs 卒業後(p=0.027)、参加前 vs 卒業後(p=0.028)
  • 表彰(H):参加前 vs 参加中(p=0.040)
  • ジャーナル業務(J):参加前 vs 卒業後(p=0.042)

インタビュー結果分析

1. キャリア進展(12/13参加者が肯定): 引用例:「学術キャリアのロケット燃料」(インタビュー5)

主な要因:

  • 学問的能力の向上(13/13)
  • スキル獲得(13/13)
  • キャリア選択の正当化(11/13)
  • メンターシップ(13/13)
  • ネットワーク形成(12/13)
  • 研究時間の確保(10/13)

2. 医学教育研究能力

  • 研究が「クリアすべきハードル」から「価値ある活動」に変化(インタビュー5)
  • 定性研究スキルの習得(9/13):研究の質の向上に貢献
  • 既存の教育活動を研究に転換する能力(5/13)
  • 研究進捗セッションの重要性(6/13):フィードバックを通じたスキル向上

引用例:「教育分野での活動は常に学術的活動に転換することを考えるべき」(インタビュー3)

3. 教育スキル開発

  • 評価スキル(10/13)
  • カリキュラム開発(13/13)
  • より自信のある教育者に(参加者全員が同意)

4. 正当化と自信

  • 医学教育者としてのアイデンティティの確立(11/13)
  • 他の学術活動(臨床研究など)を行わないことへの安心感
  • 学会での「街頭信用度」の獲得(インタビュー6)
  • 医学教育の「言語」の習得(6/13)

引用例:「医学教育者としての自分を受け入れ、他のことをあまりしていなくても大丈夫だと感じる」(インタビュー12)

5. メンターシップ

  • 経験豊富な教育者からの指導(11/13)
  • 自身がより良いメンターになる(12/13)
  • 「より有用なメンター」になることを目的に参加(インタビュー4)

6. ネットワーク形成

  • 専門的ネットワーク(11/13)
  • 個人的ネットワーク(9/13)
  • 引用例:「医学教育研究の80%は適切な人々とのネットワーキング」(インタビュー3)
  • 燃え尽き症候群への対策としてのコミュニティ(インタビュー9)

7. 保護された時間

  • 35%の研究時間の確保
  • 専門分野での専門知識開発のための時間(インタビュー1)

研究の限界と追加考察

限界

  1. 単一プログラムの研究:結果の一般化可能性が限定的
  2. マッチドコントロールの不在:プログラム効果 vs 時間経過の区別が困難
  3. サンプルサイズが小さい:統計的検定を多数実施(多重検定補正なし)
  4. 選択バイアスの可能性:参加者は既に教育に興味があり意欲的

新たな知見

  1. クリニシャン・エデュケーターの昇進率の向上:通常の16%(6年間)に対し、本研究では60%が6年以内に昇進
  2. 定性研究スキルの重要性:医学教育研究の質向上に特に有効
  3. 研究進捗セッションの革新性:継続的なフィードバックによるスキル向上

実践的含意

  1. 他のMPHEプログラムも同様の効果が期待できる可能性
  2. 研究進捗セッションの他プログラムへの応用可能性
  3. 定性研究トレーニングの重視の重要性
  4. クリニシャン・エデュケーターとクリニシャン・インベスティゲーター間の昇進格差解消の可能性