Unpacking medical students’ resit experiences: a qualitative study of early years medical students´ experiences of a peer-assisted learning programme during summer resit exams.
Goldwater Breheny, C., Sousa, A. C., & Baptista, A. V. (2025).
Medical Education Online, 30(1). https://doi.org/10.1080/10872981.2025.2477666
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/10872981.2025.2477666?af=R#abstract
研究の背景と目的
この研究「Unpacking medical students' resit experiences」は、2025年3月に医学教育オンライン(Medical Education Online)に掲載された質的研究で、医学部での再試験体験という重要でありながらこれまであまり研究されてこなかった領域に光を当てています。
医学教育において:
- 医学部は学生にとって高いプレッシャーの環境であり、英国では約3分の1の医学生が学業や精神衛生面で苦労している
- 約3分の2が経済的困難に直面し、最大85%が燃え尽き症候群(バーンアウト)を経験している
- 特に英国では、アメリカなどとは異なり、18歳頃から直接医学部に入学する学部生が多く、適応に苦労するケースが多い
- 再試験(「resit」)は学生のプロフェッショナルアイデンティティ、レジリエンス、自己効力感に大きな影響を与える
研究者たちは、ロンドンのインペリアル・カレッジ医学部(ICSM)で実施されたピア支援学習(PAL)プログラムに参加した医学生の体験を通じて、この問題を探究しました。
研究方法の詳細
PALプログラムの構造
研究の第一著者である学生2名(Goldwater BrehenyとCebolla Sousa)が、2021年と2022年の夏に実施:
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2021年のプログラム(1年生対象)
- 2つの模擬試験の作成
- 2つのウェビナーの実施
- リソース共有のためのTeamsチャンネル設置
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2022年のプログラム(1・2年生対象)
- より多くの模擬試験の作成(2年生向けに60問の試験を新たに作成)
- 4つのウェビナーの実施
- 再試験経験者によるQ&Aセッション
- Teams上での追加リソース(フラッシュカードなど)の共有
データ収集と分析
- 2022年10月に22名の医学生(1年生11名、2年生11名)に半構造化インタビューを実施
- インタビューはMicrosoft Teamsを通じてオンラインで行われ、録音・書き起こし後に匿名化
- Braun and Clarkeのテーマ分析手法を用いて、帰納的アプローチでデータを分析
- NVivoソフトウェアを使用してコーディングを実施
- 研究チームは定期的に集まり、コーディングと解釈を検証
結果
テーマ1:自己(Self)- 個人的・内的特性
自己効力感
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ポジティブな影響: 一部の学生にとって再試験は自己効力感を高める機会となった
「一年間で解剖学の学習が思ったほど良くなかったことに気づきました。再試験は年間を通じて逃していた知識を実際に追いつくために良い機会でした」(参加者8)
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ネガティブな影響: 他の学生は再試験が自分の能力に対する疑問を生じさせたと感じた
「[再試験を受けること]が、私が難しいことに向いていないという確認になるという感覚がありました...もし医学に向いていないなら、私は何に向いているのかわかりません。何でもできると思っていたのに、突然これ[試験に合格すること]ができないのです」(参加者14)
感情的反応
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感情の抑制: 勉強に集中するために感情を「スイッチオフ」する必要性
「頭を下げて、ただ勉強するだけ、と思いました。でも体が感情をスイッチオフして仕事の準備をするのは健康的ではありません。理想的ではないけど、そう感じました」(参加者12)
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圧倒される感情: 強い感情的反応を示す学生も多かった
「木曜日に結果を知り、バルセロナにいたときでした。一日泣いて、休んで、心の準備をしました」(参加者13)
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罪悪感と恥: 他者や自分自身を失望させたという感情
「再試験を受けなければならないことで、ばかだと感じますよね」(参加者10) 「家族を失望させたくないという負担もあります」(参加者4)
テーマ2:他者(Others)- 社会的ネットワーク
ICSM学術コミュニティ
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ピア・ティーチングの価値: 学生同士の教え合いの実践的価値
「学生が互いに教え合うとき、より簡単で単純な方法で概念を教えます。記憶術を使ったりして、教員の教え方とは少し違います」(参加者9)
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共同学習の効果: グループでの学習の利点
「大きなマインドマップをボードに一緒に作りました。誰かが何かを書き、次の人が別のパートを書き、話したり教え合ったりします。誰かが何かを理解していれば、理解していない人に教え、その逆も同様です。一人で座っているよりずっと役立ちます」(参加者10)
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リソース共有の重要性: 学生作成の試験問題、フラッシュカード、ノートなどの共有
「再試験のために友人に試験に合格した人がどのリソースを使ったか聞きました。彼らはAnkiフラッシュカードを使っていたので...私にそのカードを送ってもらい、できるだけ早く進めました。明らかに効果がありました」(参加者6)
ロールモデル
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経験的サポート: 過去に再試験を経験した上級生からの具体的アドバイス
「[同級生]は何を期待すべきか教えてくれます。特に初めてで、何が起こるのか、どう進むのかわからないときに、人々に話して『再試験はこうなるよ、こういうことが起こるんだよ』と教えてもらえることが重要です」(参加者10)
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成功モデルの重要性: 再試験に合格した先輩の存在が与える希望
「かなりの人数がこれを経験したことを知るだけでも...みんなが『実際には多くの人が再試験に合格している』と言ってくれました。少人数だと思うかもしれないけど、みんな努力するんです。3つ全部再試験が必要だった人もいて、彼らはそれをやり遂げました。努力すれば可能なのです」(参加者3)
感情的ネットワーク
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同じ境遇の仲間の重要性: 再試験を受ける友人の存在
「今年は多くの人が再試験を受けたので、一人ではなく、同じプロセスを経験している友人がいることで、孤独感はなく、みんなで一緒に乗り越えている感じでした」(参加者5)
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家族や指導教員のサポート: 感情的支えとしての家族や教員の役割
「個人チューターがとても協力的で、毎週会ってくれました。私の状況を知りたがり、それが本当に助かりました」(参加者14)
テーマ3:構造(Structures)- 組織的・構造的要因
学術情報
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情報不足の問題: 再試験に関する明確な情報の欠如
「方針について情報を提供することが最低限できることです...完全にコースから退学しなければならないと言われても、少なくとも確実性を感じます。そして実際には、失敗を心配しているなら他の何かを探すこともできます」(参加者1)
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結果の遅延: 長い結果待ち時間による不安
「チューターや上級生から2、3週間と言われていましたが、結果が出るまで4、5週間待っていました。特に大学が約1週間後に始まる時期でした」(参加者14)
福祉システム
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一貫性のない情報: 異なる福祉サービスからの矛盾するアドバイス
「インペリアルのカウンセリングに行きました...カウンセラーは『情状酌量の申請を手伝いましょう、推薦状を書きます』と言ってくれました。『情状酌量の可能性があるの?』と思いました。その後チューターに行くと『いいえ、できません』と言われました」(参加者10)
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混乱するプロセス: 明確ではない福祉支援の仕組み
「情状酌量の申請を処理した方法がひどかったことを指摘したいです。『情状酌量とは実際に何を意味するのか』とメールを送りました。最初の返信は再試験の結果の1週間後に来て、『大体の場合、どちらかの試験で情状酌量があれば2年目を再試験できる』とのことでした。それを知ることができていたら良かったのに、と思いました」(参加者12)
社会経済的要因
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経済的影響: 再試験・留年の財政的負担
「特に留学生として、かなり高い授業料を払っているので心配でした。でも『sit-out』オプションを発見しました。これは学費を払わずに1年間休学するオプションです。ただし学生ビザがなくなるので英国に入国できなくなります。短期ビザを申請して試験を受けることはできます」(参加者16)
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追加的責任: 家族のケアや経済的不利などの外部要因
「兄弟が最近[健康状態]と診断されました。両親の英語はあまり良くないので、私がすべてにおいて彼らをサポートしていました。年間を通じて多くの会議などに出席していました。もちろん、それは問題ありませんでしたが、予想以上に時間と精神的エネルギーを消費しました。明らかに、それが教育面に影響しました」(参加者9)
横断的テーマ:スティグマ(Stigma)
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判断される恐れ: 再試験を受けていることを他者に言うことへの躊躇
「主にそれで判断されると感じるからだと思います。私自身は誰も再試験で判断しないし、知っている多くの人も同様だと思いますが...『あの人は再試験を受けてる、頭が悪いんだ』と思う人も間違いなくいるでしょう」(参加者10)
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沈黙の文化: 再試験についての会話の欠如
「再試験を受けているということを言いたくない人がいると思います。チャットやグループチャットなどで再試験を受けていると言えたのに、その日に試験を受けているのを見て初めて知ったという人もいます。一部の人は再試験を受けていると言いたがらないようです」(参加者1)
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オープンな会話の難しさ: 再試験について話そうとする際の不快感
「でも年齢グループの誰も明確にしませんでした。こっそりしているような感じで、誰も『はい、私は再試験を受けています』と言っていませんでした。個人的に『私は再試験を受けています』と言うことは気にしないのですが、他の誰も何も言及していなかったので、皆がこれをとても恥ずかしく、恥ずべきことだと思っているのかと思いました」(参加者9)
考察
スティグマと心理的安全性
- 研究者たちは、再試験体験において「スティグマ」が単なる個人間の問題ではなく、沈黙を通じて経験される「システミックな問題」であることを指摘
- この経験は「心理的安全性(Psychological Safety)」の概念と関連付けられる
- 心理的安全性とは「対人関係でリスクを取ることが安全だという学生の信念」と定義され、学業不振などの脆弱な情報を共有する能力に関わる
- 再試験は「口にできないこと」となり、他者と共有できなくなることで、スティグマを生み、心理的に安全でない環境を作り出す
PALプログラムの可能性
- PALプログラムは再試験のスティグマに対処する2つの補完的プロセスを提供:
- 上級生が再試験体験について話すことで脆弱性を見せる
- 同級生からの感情的サポートを得る
- 研究では、長期的な対人メンタリングがなくても(プログラムは年に2週間のみ)、学生は心理的安全性を経験
- この発見は、再試験向けのPALが臨床研修や専門能力開発のためのPALとは質的に異なる可能性を示唆
包括的アプローチの必要性
- スティグマなどのシステミックな問題に対処するには、すべてのレベル(自己、他者、システム)を対象とした介入が必要
- PALは学業不振を経験した学生にとって効果的だが、入学初日から再試験に関するより開放的な文化を作る必要性
- スティグマがスティグマに挑戦する障壁になるという認識が重要
- 再試験の体験を共有する学生を保護するための明確なルール設定と、学業不振についての議論に開かれた構造的支援の重要性
研究の強みと限界
強み
- 初期医学生の再試験体験を分析した初の質的研究
- リソースや財政的に集約的ではないプログラム提案により、様々な医学教育環境に適用可能
- 教員の関与なしに学生主導で実施されたプログラム
限界
- 高所得国の大学での研究で、特定の試験実施方法に基づいている
- PALに参加した学生のみがサンプルとなっており、PALに参加しなかったり、医学部を去った学生の視点が欠けている
- 研究者たちが自らPALプログラムを開発・実施した点によるバイアスの可能性(第三者の研究者による検証で緩和)
- ICSMの初期学年特有の評価方法(高リスクの学年末試験とSBA、VSAQ、SAQ形式)が他の評価スタイルの機関には関連性が低い可能性
今後の研究方向
- PALプログラムが学生の成績や感情的健康指標の改善に与える量的分析
- 臨床年次や別の試験タイプなど、他の修復コンテキストでのPALスキームの探索
- PALプログラムが学生のその後の試験成功に与える影響に関する混合手法研究