医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。

医学カリキュラムの中の料理:ラーナー医科大学でのパイロット的な料理医学プログラム

Cooking with the curriculum: a pilot culinary medicine program at the Larner College of Medicine
Sarah Krumholz, Molly Hurd, Alyssa Tenney, Lauren Iacono, Christina Vollbrecht & Whitney Calkins 
BMC Medical Education volume 25, Article number: 517 (2025) 

bmcmededuc.biomedcentral.com

 

研究背景

  • アメリカでは、心臓病、2型糖尿病脳卒中が主要な死亡・障害原因となっている
  • 食習慣と生活習慣は慢性疾患の管理・予防において重要な修正可能なリスク要因
  • 医師は患者から信頼される栄養情報源だが、多くの医師は知識や自信の不足から栄養指導を避ける傾向がある
  • その結果、慢性疾患の高い有病率に比べて、医師による食事・生活習慣カウンセリングの割合が低い

社会的健康決定要因に関する背景

  • 低所得・脆弱な集団は慢性疾患の影響を不均衡に受けており、食料不安などの社会的健康決定要因に直面している
  • 2022年には4400万人のアメリカ人が食料不安の家庭に暮らし、4900万人が食料支援プログラムを利用
  • 2013-2016年のNHANESデータ分析によると、食料不安のある成人は精神的・身体的併存疾患のリスクが高い

医学教育における栄養教育の不足

  • 医学校における栄養トレーニングの不足は十分に文書化されている
  • LCME(医学教育連絡委員会)認定医学校のうち、国立科学アカデミーが設定した最低25時間の栄養教育要件を満たしているのは29%のみ
  • 2019年の調査では、社会的健康決定要因に関連する栄養内容を含む医学校は49%のみ

プログラムの設計と目的の詳細

  • このプログラムの主な目的:
    1. 栄養の基礎知識の向上
    2. 患者との面談のためのスキル開発(動機づけ面接、SMART目標設定)
    3. 社会的健康決定要因の視点からの食事カウンセリング

カリキュラム構成の詳細

全体構成

  • 5回のセッション(2023年8月〜12月の期間に実施)
  • 各セッションは90分(45分の講義+45分の実習)
  • 非単位の課外活動として提供

各セッションのテーマ

  1. 料理医学入門(出席率95%)
  2. 心血管疾患(出席率82%)
  3. 糖尿病(出席率86%)
  4. がん(出席率95%)
  5. ライフサイクルを通じた栄養(小児科と老年医学)(出席率55%)

講義部分(各セッション45分)の詳細内容

共通要素

  • 各疾患の病態生理学の解説
  • 食事関連の考慮事項の説明
  • 患者事例の検討
  • 社会的障壁の特定と分析
  • SMART目標設定の練習(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)

セッションごとの特徴的な内容

  1. 料理医学入門
    • 栄養の基本原則
    • 料理医学の定義と目的
    • 医師の役割と栄養専門家への紹介の適切なタイミング
  2. 心血管疾患
    • 心臓病と食事の関連性
    • 塩分摂取制限の意義と実践方法
    • 心臓に優しい食品選択
    • DASH食と地中海式食事の解説
  3. 糖尿病
    • 血糖値と食事の関係
    • 炭水化物カウントの基本
    • 低所得者向けの糖尿病食事管理戦略
    • 食事と薬剤の相互作用
  4. がん
    • 食事とがんリスクの関連
    • 治療中の栄養支援
    • 味覚変化や食欲不振への対応
    • 植物性食品の抗酸化作用
  5. ライフサイクルを通じた栄養
    • 小児期の栄養ニーズと食育
    • 高齢者の栄養課題(嚥下困難、味覚変化など)
    • 各年齢層に適した栄養介入
    • 小児肥満と高齢者の低栄養への対応

社会的健康決定要因に関する教育

  • バーリントン地域の食料支援プログラムの紹介
  • 食料不安のスクリーニング方法
  • 低所得者向けの食事アドバイス
  • 作物共有プログラム(crop shares)の説明
  • 州の補助的栄養支援プログラム(SNAP)の活用方法

実習部分(各セッション45分)の詳細

「LCOMモバイルキッチン」の構成

  • 小型調理器具(電気調理器、ブレンダー、電子レンジなど)
  • まな板、包丁、調理器具
  • 簡単に移動・設置可能な機材
  • 医学教育教室内で使用

実習の進め方

  1. 3〜5人のチームに分かれる
  2. 材料、調理器具、レシピの配布
  3. チームでのレシピ作成と協力
  4. 調理中の質問と非公式な栄養ディスカッション
  5. 完成した料理の共有と試食

実習で使用したレシピの特徴

  • 低コストの材料を使用
  • 植物性中心の食事
  • 低資源環境に適応可能なシンプルなレシピ
  • 慢性疾患管理に役立つ健康的な選択肢
  • 少ない調理器具で調理可能

対象者と参加状況の詳細

  • ラーナー医科大学の1年生の21%(26名)が参加
  • 参加者の年齢は21-40歳、50%が女性、41%が白人
  • プログラムの継続率は73%(19名)
  • 参加者の77%(20名)が少なくとも4セッションに参加

評価結果の詳細

  • 参加者の86%がこのコースが医学教育に大きく貢献したと回答
  • 100%が同僚にプログラムを推薦すると回答
  • 86%が学んだ情報を将来の臨床実践で使用すると回答
  • 100%が個人的な生活でこの知識を適用すると回答
  • 疾患別の理解向上の割合:
    • 小児・高齢者栄養状態:77%
    • 心血管疾患:91%
    • 糖尿病:91%
    • がん:95%
    • 肥満:91%
  • 栄養カウンセリングの自信向上:
    • 健康的な食事のための時間不足の認識への対応:95%
    • 予算内で健康的に食べることが不可能という信念への対応:95%
    • 患者が欲する不健康な食品を手放すことへの抵抗への対応:91%
    • 健康的な食品を準備する能力に対する患者の自信不足への対応:91%
    • 将来の患者への栄養アドバイス提供:86%
    • 食事歴の聴取:77%

限界点

  • プログラム前調査がなく、参加前後の変化を測定できなかった
  • 長期的な栄養情報とカウンセリングスキルの保持を評価していない
  • 一機関での実施で、全医学生を対象としていない(選択バイアスの可能性)
  • 参加者は既に栄養に関心を持っていた可能性がある
  • 質問票の回答者には、より関与度の高い学生が多く含まれていた可能性がある
  • プログラムは栄養士資格を持つ医学生によって無償で作成・指導され、micro-grantsでまかなわれたため、他機関での再現性に限界がある

今後の方向性

  • 学生による地域奉仕活動、リーダーシップ機会、長期的なカリキュラム参加機会の提供
  • 多職種連携の実現
  • 地域パートナーとの協力
  • 長期的な学生の知識、行動、患者ケア成果への影響評価
  • シェフ教育者と小児内分泌専門医を含む新たな教員の参加
  • 事前・事後調査を導入し、知識、自信、栄養専門家への紹介の理解の変化を評価
  • 栄養知識の定量的評価のための多肢選択式評価の実施
  • 材料費用と予算立ての情報をカリキュラムに組み込む予定