医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。

スウェーデンの医師初期研修医(junior doctors)が臨床指導者として医学生を指導する際の経験と課題

Lost in transition: from medical student to clinical supervisor - a mixed-methods study
Capucine Delorme, Terese Stenfors & Anders Sondén 
BMC Medical Education volume 25, Article number: 800 (2025) 

bmcmededuc.biomedcentral.com

研究背景

医療教育における初期研修医の位置づけ

  • スウェーデンの医学教育システム: 5.5年間の学部教育後、1.5-2年間の一般研修(インターンシップ)を経て医師免許を取得
  • 臨床指導の重要性: 医師の養成において臨床指導の質は極めて重要だが、効果的な指導を確保する取り組みは限定的
  • 初期研修医の二重の負担: 自身も学習者でありながら、同時に指導者としての役割を担う

先行研究との関連

  • Experience Based Learning (ExBL)フレームワーク: Dornanらが提唱した、効果的な職場学習には感情的、教育学的、組織的支援が必要という理論
  • 従来の研究の限界: 専門医レベルの指導者に焦点を当てた研究が多く、初期研修医の指導者経験については研究が不足

研究方法

  • 研究デザイン: 探索的順次混合研究法(質的研究を先行)
  • 対象: カロリンスカ大学病院とストックホルム南総合病院で18ヶ月間の初期研修を行う医師
  • データ収集:
    • 質的データ: 10名の初期研修医への半構造化面接
    • 量的データ: 89名(回答率41%)への調査(PANAS感情尺度含む)

主要な結果

テーマ1: 教えることを学ぶ(Learning to teach)

指導スタイルの形成要因

  • 学生時代の経験(54%): 最も影響力の大きい要因
    • ポジティブなロールモデルの模倣
    • ネガティブな経験からの学習(「反面教師」効果)
  • その他の人生経験(29%):
    • 子どもへの水泳・乗馬指導
    • 他分野での講義経
    • 大家族の長子としての経験
  • 正式教育(7%): 限定的
  • その他(10%): 個人的特性、研究経験など

フィードバックの現状と課題

  • 構造化されたフィードバックの欠如: 79%が建設的フィードバックを受けていない
  • 学生からの非公式フィードバック:
    • 「ありがとう、良かった」程度の表面的な内容
    • 匿名性の欠如による率直さの制限
    • 階層構造や報復への恐れ

テーマ2: 教えることを通じて学ぶ(Learning through teaching)

自己学習への積極的効果

  • 知識の可視化: 「自分が思っているより多くのことを知っている」という気づき
  • 自信の向上: 学者・臨床医としての自信向上
  • 知識ギャップの特定: 学生の質問により自身の学習課題を発見
  • 深い思考の促進: ルーチン業務について「なぜ・どのように」を考える機会

アピア指導の利点

  • 学生ニーズの理解: 最近の学生経験により学生の立場を理解
  • 実践的準備: 初期研修医としての実務に向けた準備
  • 共感的ケア: 学生の脆弱な立場への理解と保護的態度

意義とモチベーション

  • 82%が「意義がある」と回答: 指導は意味のある活動
  • PANAS結果での高評価:
    • 興味(73%)
    • 熱意(57%)
    • 注意深さ(54%)
    • 積極性(51%)

テーマ3: 学びながら教える(Teaching while learning)

二重の負担の詳細

  • 医学的専門知識の不足: 初期研修医としての限定的な知識
  • 頻繁な職場変更: 様々な診療科のローテーション
  • 実務ルーチンへの不慣れ: 各診療科の業務フローの把握困難
  • 教育学的訓練の欠如: 指導技術の体系的学習機会の不足

対処戦略

  • 謙虚な姿勢: 「知らないことを知らないと言う」
  • 共同学習: 学生と一緒に答えを見つけるアプローチ
  • 学習機会の創出: 「答えを教えられるより一緒に学ぶ機会」の価値

感情的影響

  • ネガティブ感情の上位3位:
    • 罪悪感(13%)
    • 神経質(7%)
    • 苦痛(3%)
  • 指導質への懸念: 限定的経験による指導質低下への不安

テーマ4: マニュアルの欠如(Missing the manual)

準備不足の実態

  • 15%のみが準備完了と回答: 圧倒的多数が不十分な準備状況
  • 事前情報の不足:
    • 71%が指導予定の適切な事前通知を受けていない
    • 84%が学生の学習目標に関する情報を受けていない
  • 朝になって突然の指導割り当て: 計画的な指導の困難

役割と責任の不明確さ

  • 25%のみが役割を明確に理解: 指導者の責任範囲が不明確
  • 評価に関する不安: 不十分な学生や非専門的行動への対処法が不明
  • 教育構造の脆弱性: 診療科内での教育支援体制の不備

時間とリソースの制約

  • 84%が保護時間不足を報告: 指導のための専用時間の確保困難
  • 臨床業務との競合: 患者ケアが常に優先され、指導が後回し
  • 持続可能性への懸念: 「昼食時間を削って指導するか、適切な指導を諦めるかの選択」

同僚・組織サポートの不足

  • 52%がサポート不足を報告: 指導者としてのサポート体制が不十分
  • 同僚間連携の限界: 興味深い症例や学習機会の共有が限定的
  • リーダーシップサポートの欠如: 上級医や管理者からの支援不足

理論的フレームワーク: Experience Based Learning (ExBL)

3つの支援領域

  1. 教育学的支援: 指導者訓練、フィードバック
  2. 組織的支援: 水平・垂直サポート、時間とリソース
  3. 感情的支援: 自信、プロフェッショナル・アイデンティティ

主要な知見

  • 指導者発達の主要因子: 自身の学生時代の指導経験(54%)
  • 学習への積極的効果: 指導により知識・技能の進歩を確認し、知識のギャップを特定
  • 主要な課題: 医学的専門知識、正式な教育学的訓練、臨床への慣れの不足
  • 組織的課題: 準備ができていると感じる初期研修医はわずか15%

具体的な課題

  • 時間不足: 84%が指導のための保護された時間が不十分と回答
  • 情報不足: 71%が学生指導の事前情報を適切に受け取れていない
  • 教育学的準備不足: 正式な指導者訓練を受けたのは13%のみ
  • フィードバック不足: 79%が指導者としての建設的フィードバックを受けていない

感情面の影響

  • ポジティブな感情: 興味(73%)、熱意(57%)、注意深さ(54%)
  • ネガティブな感情: 罪悪感(13%)、神経質(7%)、苦痛(3%)
  • 全体的にはポジティブな感情がネガティブな感情を上回る

実践への含意と推奨事項

教育機関レベル

  1. 体系的指導者研修プログラム: 初期研修医向け特別カリキュラム
  2. メンタリング制度: 経験豊富な指導者による継続的支援
  3. 評価システム: 学生・同僚・上司からの多面的フィードバック

組織レベル

  1. 時間配分の最適化: 指導のための保護時間の確保
  2. 情報共有システム: 学生情報の事前提供体制
  3. 指導文化の醸成: 指導を評価し報酬する組織文化

個人レベル

  1. 自己反省の促進: 指導経験の振り返りと改善
  2. 同僚との協働: 指導経験や課題の共有
  3. 継続学習: 教育学的知識の自主的習得