医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。

医学教育における隠れたカリキュラムのポジティブな影響:

The Positive Influence of the Hidden Curriculum in Medical Education: A Scoping Review.

Meyer, R., Archer, E. & Smit, L. 

Med.Sci.Educ. (2025). https://doi.org/10.1007/s40670-025-02380-1

link.springer.com

 

1. 研究背景と重要性

隠れたカリキュラムの定義:

  • 明示的な正式カリキュラムとは別に、学習環境の社会的・組織的構造を通じて暗黙的に伝えられる教育内容
  • Philip Jackson(1960年代)が提唱:「教師が教えている内容に関係なく、集団、賞賛、権力が学生の態度を強化する」

研究の必要性:

  • これまでの研究は主に隠れたカリキュラム負の側面に焦点
  • 正の影響についての理解が不足
  • 医学教育における潜在的な教育効果の見落とし

2. 研究方法

スコピングレビューアプローチ:

  • Arksey & O'Malley(2005)の6段階枠組みを使用
  • 4つのデータベース検索(PubMed、Scopus、Web of Science、ERIC)
  • 1068件から最終的に23件の研究を選定
  • 英語文献のみ、研究デザインは不問

研究プロセス:

  1. リサーチクエスチョンの設定
  2. 関連研究の特定
  3. 研究選定
  4. データ抽出
  5. 結果の整理・要約
  6. ステークホルダーとの協議

3. 発見された4つのテーマ

テーマ1:ポジティブなロールモデリング

具体的な効果:

  • 専門職としての価値観の習得
    • 思いやり、共感、効果的コミュニケーション
    • 患者中心の行動様式の学習
  • 行動の質的変化
    • 教員から敬意を持って扱われた学生→患者・家族への敬意ある対応
    • 優秀性、リーダーシップの発揮
  • 重要な属性
    • 粘り強さ、献身性
    • 患者への傾聴、信頼構築
    • 心理的安全性の提供

テーマ2:支援的なチーム環境

重要な要素:

  • 協働的実践の促進
    • 多職種チームでの連携体験
    • 学習中心の環境づくり
  • 心理的安全性の確保
    • 学生の意見に肯定的対応
    • 自信と動機の向上
  • 対人スキルの開発
    • 「優れた医師」としての関係構築能力
    • 責任感の醸成

テーマ3:ポジティブな組織文化

影響のメカニズム:

  • 社会化と適応
    • 医療専門職コミュニティへの統合
    • 文化的多様性への理解
  • 専門的アイデンティティ形成
    • 責任感、奉仕精神の発達
    • 生涯学習への意識
  • リソースアクセス
    • 援助を求めやすい環境
    • 学習機会への積極的関与

テーマ4:曖昧さへの対処

実践的能力:

  • 倫理的・関係的緊張への対応
    • 複雑な臨床状況での意思決定
    • 倫理的ジレンマの解決
  • 省察的学習
    • 経験の内省と意味づけ
    • 将来の行動選択への影響
  • 変革のエージェント
    • 現状への批判的視点
    • 改善への意欲

4. 統合分析:3つの包括的概念

  1. 組織文化とロールモデリング
    • 望ましい行動・価値観・態度の範型
  2. 行動・態度の内在化プロセス
    • 学生による価値観の吸収・統合
  3. 学生の組織文化への貢献
    • 学生自身が文化形成に参与

5. 実践的含意

教員開発への提言:

  1. 意識向上プログラム
    • 隠れたカリキュラムに関する構造化研修
    • 自己の教育行動への省察機会
  2. メンターシップ制度
    • 経験豊富な教員による指導
    • 暗黙知の継承システム
  3. フィードバック機構
    • 教育実践に関する継続的な評価
    • 学生の学習経験への配慮

組織レベルの改善:

  1. 環境整備
    • 心理的安全性の確保
    • 多様性尊重の文化醸成
  2. カリキュラム統合
    • 明示的カリキュラムとの整合性
    • 専門職性教育の強化
  3. 学生参加促進
    • 意見表明の機会創出
    • 文化改革への参与

6. 研究の限界と今後の展望

制約事項:

  • 英語圏の研究に限定
  • 質的研究が中心で汎用性に課題
  • 文脈依存性が高い

今後の研究課題:

  • 教員・臨床指導者の視点からの調査
  • 量的評価手法の開発
  • 異文化間比較研究
  • 長期的影響の縦断的追跡

7. 結論

この研究は、医学教育における隠れたカリキュラムが、適切に管理・活用されれば、学生の専門的成長に大きく貢献することを示しました。教育者は、その影響力を自覚し、意図的に正の学習環境を創出することが求められます。また、学生自身も受動的存在ではなく、文化形成の主体として認識すべきであることが示唆されています。