医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。

臨床現場における学習困難な学生の支援

Supporting Struggling Learners in the Clinical Setting
J. Harry Isaacson, Terri Christensen, Craig Nielsen, Amy Zack, Neil Mehta
First published: 03 July 2025 https://doi.org/10.1111/tct.70142

https://asmepublications.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/tct.70142?af=R

学習困難者の現状

定義と頻度

  • 医学研修生の約6-15%が学習に重大な困難を抱える
  • 困難を抱える学習者のうち、自分で助けを求めるのはわずか2%
  • 多くの場合、正式な介入を受けることなく見過ごされている

教員側の課題

  • 学習困難者への対応について正式な研修を受けていない
  • 問題を他の誰かに任せてしまいがち
  • 教育意欲の低下や挫折感を感じやすい

学習困難者の分類

3つの領域(ブルームの分類法を応用)

  1. 認知領域
    • 学業成績の低さ
    • 学習習慣の問題
    • 集中力の欠如
    • 自己効力感の低さ
  2. 情意領域
  3. 精神運動領域
    • 不規則な睡眠と食事
    • 身体的な問題による欠席

学習者のタイプ別対応戦略

関与型学習者(Engaged Learners)

特徴:

  • 改善への意欲を示す
  • フィードバックに対してオープン
  • 自分の問題を認識している、または認識しようとする

対応戦略:

  • 熱意の活用: 行動計画の策定に積極的に参加させる
  • 構造化されたガイダンス: 明確なチェックリストとスケジュールを提供
  • 定期的なフィードバック: 反省的実践を通じて学習を強化

非関与型学習者(Disengaged Learners)

特徴:

  • 問題への洞察力や動機が不足
  • 変化への抵抗感
  • 外的な問題(健康、家族、経済)を抱えている可能性

対応戦略:

  • 明確な期待設定: パフォーマンス基準と目標を確立
  • 学習の個人化: 学習者の興味やキャリア目標と関連付け
  • 建設的フィードバック: タイムリーで具体的な改善指導
  • 専門家への紹介: 必要に応じて教育指導者への相談

Ask-Tell-Ask モデルの実践

第1段階: Ask(学習者の自己評価)

目的: 学習者の自己認識レベルを把握

実践方法:

  • 「今回のパフォーマンスをどう評価しますか?」
  • 「どの部分がうまくいき、どの部分に課題を感じますか?」
  • 「同期生と比較して、自分の立ち位置をどう思いますか?」

注意点:

  • 批判的にならず、純粋に学習者の視点を理解しようとする
  • 学習者が自分で問題を特定できるかどうかを観察

第2段階: Tell(観察の共有と説明)

学習者が問題を認識している場合:

  • 観察結果が学習者の自己評価と一致することを確認
  • 具体的な改善点を建設的に説明
  • パートナーシップの感覚を強調(「一緒に取り組みましょう」)

学習者が問題を認識していない場合:

  • 支援的な方法で観察した問題点を伝える
  • 具体的な例を使用して説明
  • 判断的な言葉や絶対的な表現を避ける

フィードバックの原則:

  • 具体的で行動指向的
  • 建設的で将来志向
  • 個人攻撃ではなく行動に焦点
  • 改善可能な点に限定

第3段階: Ask Again(改善計画の策定)

目的: 学習者の責任感と主体性を促進

実践方法:

  • 「この問題にどう取り組みますか?」
  • 「具体的にどのような行動を取りますか?」
  • 「いつまでに、どのような成果を期待しますか?」

重要なポイント:

  • 学習者自身に解決策を考えさせる
  • 現実的で測定可能な目標設定を支援
  • 責任の所在を明確にする

ジョハリの窓の活用

各象限と活用法

開放の窓(Known to Self and Others

内容: 学習者と教員の両方が認識している強みや課題

活用法:

  • 共通認識の確認と強化
  • 既知の強みを活用した学習計画の策定
  • 既知の問題への共同対処

:

  • 「患者とのコミュニケーション能力が高い」(両者が認める強み)
  • 「時間管理に問題がある」(両者が認める課題)

盲点の窓(Known to Others but Not to Self)

内容: 教員は気づいているが、学習者が認識していない問題

活用法:

  • 建設的なフィードバックの提供
  • 自己認識の促進
  • 三者の視点の価値を理解させる

:

  • 学習者は自分の説明が明確だと思っているが、実際は曖昧
  • 学習者は協調的だと思っているが、実際は支配的

秘密の窓(Known to Self but Not to Others)

内容: 学習者は認識しているが、教員に伝えていない問題や懸念

活用法:

  • 安全な環境の構築
  • オープンなコミュニケーションの促進
  • 信頼関係の構築

:

  • 家族の病気による精神的負担
  • 経済的困難による副業の必要性
  • 学習障害や健康問題

未知の窓(Unknown to Both Self and Others

内容: 誰も気づいていない潜在的な問題や能力

活用法:

  • 省察的実践の促進
  • 新しい経験や挑戦の機会提供
  • 自己探求の支援

:

  • 隠れた学習スタイルの問題
  • まだ発見されていない才能
  • 潜在的な適性

実践的支援の9ステップ

ステップ1: 安全な環境の構築

具体的行動:

  • 批判的でない態度の維持
  • 秘密保持の保証
  • 学習者の尊厳の尊重
  • 「私はあなたの成功を願っています」という明確なメッセージ

ステップ2: 継続的な識別

具体的行動:

  • 定期的な観察とドキュメンテーション
  • 客観的な評価指標の使用
  • 早期警告システムの構築
  • 他の教員との情報共有

ステップ3: 対話の開始

具体的行動:

  • プライベートで中断されない環境の確保
  • 十分な時間の確保
  • 学習者の視点を尊重する姿勢
  • 協働的なアプローチの採用

ステップ4: 構造化された評価

Ask-Tell-Askモデルの適用:

  • 系統的なアプローチの維持
  • 学習者の自己反省の促進
  • バランスの取れたフィードバック

ジョハリの窓の活用:

  • 4つの領域の体系的探索
  • 自己認識の向上
  • 開放性の増進

ステップ5: 建設的フィードバック

原則:

  • 行動に焦点(人格ではない)
  • 具体性と明確性
  • 改善可能な点に限定
  • 将来志向的なアプローチ

避けるべき要素:

  • マイクロアグレッション
  • 文化的偏見
  • 個人的な価値観の押し付け
  • 一般化や決めつけ

ステップ6: 学習の個別化

戦略:

  • 学習者の興味との関連付け
  • キャリア目標への統合
  • 個人的な学習スタイルの考慮
  • 文化的背景の尊重

ステップ7: 目標設定

SMART目標の原則:

  • Specific(具体的): 明確で詳細な目標
  • Measurable(測定可能): 進捗を追跡できる
  • Achievable(達成可能): 現実的な期待
  • Relevant(関連性): 学習者にとって意味のある
  • Time-bound(期限付き): 明確なタイムライン

ステップ8: 進捗モニタリング

方法:

  • 定期的なチェックイン会議
  • 直接観察ツールの使用
  • 省察的ジャーナルの活用
  • ピアフィードバックの組み込み

頻度:

  • 週1回の短時間面談
  • 月1回の包括的レビュー
  • 必要に応じた緊急面談

ステップ9: 必要時の紹介

紹介のタイミング:

  • 支援にもかかわらず問題が持続
  • 知識不足が深刻
  • 個人的な問題が学習に重大な影響

紹介先:

  • クラークシップディレクター
  • プログラムディレクター
  • 学生カウンセラー
  • メンタルヘルス専門家

 

文化的多様性への配慮

重要な要素:

  • 学習者と教員間の文化的動態の理解
  • 文化的背景による学習スタイルの違いの尊重
  • コミュニケーションパターンの違いへの適応
  • 階層関係に対する文化的認識の違い

適応戦略:

  • 個別の文化的ニーズの評価
  • 柔軟なアプローチの採用
  • 文化的仲介者の活用
  • 多様性を強みとして活用

学習環境の特殊性

考慮すべき要因:

  • 機関の文化と価値観
  • 地域的な特色と要求
  • 専門分野固有の期待
  • リソースと制約

長期的な成果と評価

成功指標

学習者レベル:

  • 学習成果の改善
  • 自己効力感の向上
  • エンゲージメントの増加
  • 職業的アイデンティティの発達

教員レベル:

  • 教育自己効力感の向上
  • 学習困難者への対処能力の向上
  • 教育への意欲の維持・向上
  • バーンアウトの予防

システムレベル:

  • 学習困難者の早期発見率の向上
  • 介入成功率の向上
  • 教育文化の改善
  • 患者ケアの質の維持・向上

持続可能な支援システム

組織的取り組み:

  • 教員研修プログラムの充実
  • 支援リソースの確保
  • 早期警告システムの構築
  • 継続的な改善プロセスの実装

結論

構造化されたアプローチ(Ask-Tell-Askとジョハリの窓)を使用することで、教育者は:

  • 早期介入を促進できる
  • 支援的な学習環境を構築できる
  • 協働的で反省的な個別支援を通じて学習者の成功を促進できる