医学教育つれづれ

医学教育に関する論文のPOINTを書き出した備忘録的なブログです。

カリキュラム研究の解決策 「地元でうまくいったか」から「学術的な会話への貢献」へのシフト

Curriculum Research Solutions: Shifting From "Did It Work Locally?" to Contributing to a Scholarly Conversation

Cook, David A. MD, MHPE; Hauer, Karen E. MD, PhD; Teherani, Arianne PhD; Leep Hunderfund, Andrea N. MD, MHPE; Durning, Steven J. MD, PhD; Colbert-Getz, Jorie M. PhD, MS

Author Information

Academic Medicine ():10.1097/ACM.0000000000006072, April 22, 2025. | DOI: 10.1097/ACM.0000000000006072

journals.lww.com

医療専門職教育における研究の現状

医療専門職教育(HPE)では、教育者が新しいカリキュラムや教育手法について研究・発表したいと考えることが多いものの、これらの研究は出版が困難で、学術界では繰り返し問題視されてきました。その理由として「結果が交絡され、些細なものである」ことが挙げられています。

研究の定義とフレームワーク

研究の定義

  • 研究(Research): 査読付きフォーラムでの普及を意図した、新しい知識の厳密で体系的な追求
  • 学術活動(Scholarship): より広範な概念で、研究を包含する

Boyerの4つの学術活動タイプ

  1. 発見の学術(Discovery): 新しい知識の発見、従来の「研究」
  2. 統合の学術(Integration): 分野を超えた関連性の構築、専門外向けの教育
  3. 応用の学術(Application): 知識の実際的問題への責任ある応用
  4. 教育と学習の学術(Teaching and Learning): 教育実践の体系的評価と共有

5つの問題の詳細分析

1. 冗長性(Redundancy)

文献レビューの5つの問題パターン

  1. 完全な欠如: 関連文献の存在を認識していない
  2. 特定トピック焦点: 教育プロセスではなくカリキュラムトピックのみに注目
  3. カリキュラムトピック焦点: 教育研究ではなく対象疾患等の重要性のみ強調
  4. 表面的レビュー: 関連する先行研究を見逃す可能性
  5. 専門分野限定: 自分の専門職のみに検索を限定

「教えれば学ぶ」問題

  • メタ分析により、教育介入は無介入対照と比較して極めて稀な例外を除いて必ず改善効果を示すことが判明
  • インターネット学習やシミュレーション教育の数百の研究で一貫した結果
  • さらなる「教育 vs 非教育」比較研究は不要

2. 文脈特異性(Context-specificity)

地域性の問題

  • カリキュラムは本質的に地域的(機関固有の文化、学習環境、学習者、教育者、資源)
  • 他の機関での複製や実装が困難
  • 一部研究者は「市場調査」と表現(完全なカリキュラムを購入できる場合のみ有用)

規模による問題の深刻化

  • より大きなカリキュラム構成要素(プログラム全体、大きなブロック)ほど文脈特異性が顕著

3. 交絡と希釈(Confounding and Dilution)

交絡の具体例

  • 複雑な介入: 複数の構成要素が同時に変化
  • 計画外の介入: 自習、生活経験、他の教育
  • 歴史的脅威: カリキュラム外の臨床・教育環境の出来事
  • 成熟脅威: 時間経過による学生の変化

希釈の具体例

  • 人的距離: 医学生の学習→研修医→上級研修医→指導医のフィルタリング
  • 時間的距離: 医学部1年の介入→4年次の測定
  • 稀少な患者事象: 高脂血症カリキュラム→患者の脳卒中アウトカム

4. 表面性(Superficiality)

データの質の問題

  • 量的データ: 自己報告 vs 客観的測定
  • 質的データ: 浅い事後コース評価 vs 意図的なフォーカスグループ・インタビュー

構成概念の問題

  • 構成概念非関連分散: 学習者や環境の特性が混入
  • 構成概念過小表現: 重要な特性の完全な捕捉に失敗

5. 概念的不明瞭性(Conceptual Obscurity)

概念フレームワークの機能

  • 研究質問の指導: 学習理論の特定側面をテスト・詳述
  • 研究アプローチの指導: 解釈現象学的分析、Kane妥当性フレームワーク
  • 思考の構造化: 問題の重要側面を完全に考慮

よく使用される理論例

  • Kolbの体験学習理論
  • Mayerのマルチメディア学習理論
  • Kernの6段階プログラム開発

解決策:学術的対話への参加の詳細

学術的対話の概念

学術的対話は重要でタイムリーな問題について学者間で行われる議論を指します。これは一般的な学術活動とは異なり、具体的な問題解決に焦点を当てた議論です。

効果的な対話参加の原則

  1. 傾聴: 文献を注意深く読み、対話の流れを理解
  2. ギャップ特定: 有用な観察で埋められる空白を特定
  3. 適切な貢献: 他者が価値を認める発言のみ

Box 1: 思考実験

研究の潜在的関心と影響を評価するための4つの質問:

  1. 何を伝えられるか: 既知の内容を超えて、他機関の教育者の決定に役立つ情報
  2. 信頼性の説得: 研究結果が信頼でき、相手の問題と文脈に関連することの証明
  3. 影響の大きさ: 新しい提案がどの程度強力で、広く適用可能で、深い洞察を提供するか
  4. 自己適用性: 立場が逆転した場合、自分がその提案に従うか

6つのプロトタイプ研究デザインの詳細分析

研究1: カリキュラム/構成要素の評価

RE-AIMフレームワークの詳細

  • Reach(リーチ): 教育を受けた学生数
  • Effectiveness(効果性): 知識、技能、態度、影響の物語的証言
  • Adoption(採用): 対象スタッフ、設定、システム、コミュニティへの影響
  • Implementation(実装): 一貫性、コスト、配信中の適応
  • Maintenance(維持): 持続可能性、継続コスト、時間経過による適応

他の評価モデル

  • 目標指向評価: Kirkpatrickモデル
  • プロセス指向評価: ロジックモデル、CIPP(文脈-投入-プロセス-産出)モデル
  • 参加者指向評価
  • 経済分析

研究2: 同時期の教育デザイン比較

ランダム化試験の利点

  • 交絡の最小化: 学習体験の厳密な制御
  • 理論ベース予測: 明確な操作化
  • 適合したアウトカム: 研究目的と密接に関連した前向き測定

具体例の詳細

  • 介入: アバター音声フィードバック vs 文書フィードバック
  • アウトカム: 知識、態度、知覚される個人化、動機、効果性
  • 理論基盤: Mayerのマルチメディア学習理論

研究3: 歴史的比較

制限事項

  • 表面性のリスク: 既存データへの依存
  • 概念的不明瞭性: 事前に定義されたアウトカム
  • 非同期デザインの限界: 時間的要因の影響

成功の要素

  • 明確な概念フレームワーク
  • 徹底的な文献レビュー
  • 介入間の操作的・概念的差異の慎重な説明

研究4: 反復的改善からの教訓

PDSA(Plan-Do-Study-Act)サイクル

  • 計画: 変更の計画立案
  • 実行: 小規模での実装
  • 研究: データ収集と分析
  • 行動: 学習に基づく調整

他の方法論

データソース

研究5: 教育トピックの本質理解

グラウンデッドセオリーアプローチ

  • データ収集: 態度、誤解、個人体験に関するフォーカスグループ
  • 分析: 「このトピックはどう知覚されるか」のモデル構築
  • 理論構築: 帰納的理論生成

事前準備の重要性

  • 徹底的な文献検索により既知の答えでないことを確認
  • 必要に応じて質問の修正または別プロジェクトへの転換

研究6: カリキュラム体験の理解

解釈現象学的分析

  • データ収集: 1対1インタビュー
  • 補足観察: 民族誌的観察(リソースが利用可能な場合)
  • 分析焦点: 生きた経験の理解

探索領域

  • 意味深い、有用な、挑戦的な、報酬のある、無駄な要素
  • 学生と教員の異なる視点

公開例とその分析

実際の研究例

Gisondi研究(評価研究)

  • プログラム: LGBTQ+健康に関するウェブベース教員開発コース
  • 手法: RE-AIMフレームワークを用いた単一群混合法評価
  • 結果:
    • リーチ: 1,782人
    • 効果性: 知識スコア30%改善
    • 実装: 直接コスト$57,000、年間維持コスト$1,000

Skrupky研究(同時比較)

  • 比較: 個人化・具現化e-learning vs 標準版
  • 理論: Mayerのマルチメディア学習理論
  • 結果: 知識改善は小さく非有意、知覚される個人化と動機は向上

避けるべき研究

問題のある研究デザインの具体的問題

単一群事後テストのみ

  • 問題: 教育症例報告に過ぎない
  • 科学的貢献: 最小限
  • 出版可能性: 極めて新規でない限り困難

無介入対照との比較

  • 問題: 95%以上の研究で改善が示されることが既知
  • 追加価値: 教育改善の理解にほとんど貢献しない
  • メタ分析: 既に十分な証拠が蓄積

検出力不足の研究

  • 具体例: n=25/群でCohen's d≥0.8の効果サイズのみ検出可能
  • 現実: 多くの教育研究比較では効果サイズ<0.5
  • 結果: 非有意結果は結論不能

研究質問と手法選択

線形プロセス vs 実際のプロセス

理想的な線形プロセス

  1. 個人的関心のある研究質問の特定
  2. 文献ギャップの特定
  3. 概念フレームワークの活用
  4. 研究デザインの設計

カリキュラム研究の実際

  • 地域ニーズによる制約: 現実的な問題が研究質問を形成
  • 実現可能性の考慮: 利用可能なリソースと機会
  • 反復的プロセス: 質問とデザインの複雑で反復的な選択

FINER基準の適用

  • Feasible(実現可能): リソースと時間の制約内で実行可能
  • Interesting(興味深い): 研究者と読者にとって魅力的
  • Novel(新規): 新しい知見を提供
  • Ethical(倫理的): 倫理的基準を満たす
  • Relevant(関連性): 実際の問題解決に貢献

カリキュラムとイノベーションの出版

カリキュラム出版の選択肢

MedEdPortalの要件

  • 新規性: 前例のない手法
  • 慎重な開発: 体系的な設計プロセス
  • 評価: 効果の実証
  • 一般化可能性: 他機関での適用可能性

その他のフォーラム

  • ブログ: 即座の情報共有
  • ポッドキャスト: 音声による教育
  • モノグラフ: 詳細な記述
  • オンライン教材: 持続的なリソース
  • eラーニングモジュール: インタラクティブな学習

教育イノベーションの出版

出版の困難さ

  1. 新規性の過大評価: 既に試行された類似手法の存在
  2. 適切性の問題: 他のフォーラムがより適切な場合

出版のための提案

  • 文献での詳細なガイダンス利用
  • 注意事項の考慮
  • 適切なフォーラムの選択

実践的考慮事項の詳細

学術活動の質評価

Glassickフレームワークの6要素

  1. 明確な目標: 研究の目的と範囲の明確化
  2. 適切な準備: 十分な文献レビューと理論的基盤
  3. 適切な方法: 研究質問に適した方法論
  4. 重要な結果: 意味のある発見
  5. 効果的な提示: 明確で説得力のある報告
  6. 反省的批評: 限界と今後の方向性の認識

資金調達の現実

HPE研究資金の制限

  • 臨床研究との比較: 大幅に少ない資金
  • 現実的期待: 高品質研究には相応の投資が必要
  • 二級市民扱いの回避: 教育研究が安価・簡単という誤解

推奨戦略

  • 完全なリソース特定: 成功に必要なすべてのリソースの事前特定
  • プロジェクト放棄の選択: 不十分なリソースでの実行より事前放棄

研究専門知識の獲得

利用可能なリソース

  • 全国組織:
    • AAMC医学教育研究証明書プログラム
    • AMEE必須スキルコース
  • 機関内協力: 教育学・心理学部門との連携
  • ネットワーキング: 地域・全国会議での協力者探し

正式な教育

  • 学位プログラム: 医学教育修士・博士課程
  • ワークショップ: 短期集中トレーニン
  • メンタリング: 経験豊富な研究者との協力

行動・患者アウトカム研究

設計と解釈の困難さ

  • 患者アウトカム研究:
    • 高い交絡リスク
    • 教育介入と患者アウトカムの関連付けが困難
    • 希釈の問題(多くの中間要因)

医療提供者行動研究

  • 希釈の軽減: 患者アウトカムより直接的
  • 残る課題: 交絡、概念的不明瞭性、統計的検出力不足
  • 段階的アプローチ: 概念実証後の成功要因探索

倫理的配慮

学生の脆弱性

  • 直接的強制: 教師・監督者による明示的な参加圧力
  • 間接的強制: 成績・推薦状への影響の懸念
  • 評価への影響: 研究中の発言・行動が他者の印象に影響

必要な保護措置

  • 倫理審査委員会: すべての教育研究で必須
  • インフォームドコンセント: 十分な情報提供
  • 匿名性の保護: 個人特定可能情報の保護
  • 任意参加: 真の選択の自由

基礎研究 vs 応用研究の緊張

2つの目的

  • 実践者向け生産: 現場教育者のための応用研究
  • 生産者向け生産: 他研究者のための基礎研究(理論・方法の進歩)

Pasteurの象限

  • 理想的研究: 両目的を同時に達成
  • 医学教育研究: 多くがこのカテゴリに該当
  • 基礎と応用の統合: 理論的貢献と実践的応用の両立

出版圧力と研究動機

「出版か死か」の問題

  • 問題の悪化: 特に文脈特異性と概念的不明瞭性
  • 内発的 vs 外発的動機: 本来の研究への関心 vs 雇用要件

生産的な気づき

多くの教育者が正式な研究への不適合を認識することで、より適合する学術活動(教育の学術)に集中可能

学術活動観の拡大

  • 発見の学術: 従来の研究
  • 教育の学術: 体系的教育実践と評価
  • 統合の学術: 分野横断的知識統合
  • 応用の学術: 実践的問題解決

結論と今後の方向性

主要メッセージの統合

  1. パラダイムシフト: 地域成果から学術対話への貢献へ
  2. 質の向上: 適切な理論フレームワークと方法論の使用
  3. 現実的期待: 十分なリソースと専門知識の確保
  4. 多様性の受容: 異なる学術活動形態の価値認識

カリキュラム研究の未来

この論文は、医療専門職教育におけるカリキュラム研究の質的向上と出版可能性の改善のための包括的ガイドを提供し、研究者が意味のある学術貢献を行うための具体的な道筋を示しています。